ひとさじの砂糖とうたかたの日々の泡

一匙の砂糖に似たささやかな幸せや、 取るに足らない日々の泡の記録。

大切に育てられた不思議の種『11枚のとらんぷ』

気付いたら10月も後半という事実に吃驚しています。
ちょっとぼーっとしてたらブログも3週間書いてなかったんですね……恐ろしや。
絵を描いたり、映画を見たり、久々にほぼ日手帳を使い倒してみたり色々していたのですが、今日は先日読んだ本の感想でも書き留めておこうかと。

泡坂妻夫氏の『11枚のとらんぷ』です。


11枚のとらんぷ (角川文庫)


ミステリ作家というと綾辻行人氏や京極夏彦氏を始め、多趣味や二足の草鞋系の方が多いように思うのですが、泡坂妻夫氏もまたその一人。

紋章上絵師の家に生まれ、作家業と紋章上絵師のお仕事を並行して営まれながら、奇術愛好家兼奇術師としてもとても有名な方だったそうです。
その腕前は第2回石田天海賞を受賞し、またご自身の名を冠した奇術の賞『厚川昌男賞』があることからしても推して知るべし。
そもそも紋章上絵師って何ぞや!と思ったのですが、紋付の紋を手書きされる職人のことだそう。知らんかった……。

そんな泡坂氏の奇術に対する深い造詣と愛情がちりばめられた作品が、初の長編小説である『11枚のとらんぷ』です。

真敷市立公民館で開かれた奇術ショウ。<袋の中の美女>という演目の直前、袋から出てくるはずの水田志摩子が、姿を消した。「私の人生でも最も大切なドラマが起こりかかっている」という言葉を遺して——。
同時刻、自室で発見された彼女の屍体、その周囲には不可解な品物の数数が。同じ奇術クラブに属する鹿川は、これは自分が書いた小説「11枚のとらんぷ」に対応していると、警察に力説した——。

角川文庫『11枚のとらんぷ』裏表紙より

上記のあらすじにもある通り、この『11枚のとらんぷ』という小説には同名の作中作が出てきます。
これは地域の奇術クラブ会長である鹿川舜平が、同クラブの部員たちが編み出した“実用的ではないが発表しないのも勿体無い奇術トリック”というものを、小説として編纂し、自費出版したという作品。
もうこの作中作自体が非常に読み応えのある作品で、私は作中で出てくるこの自費出版本が本気で欲しいです。

桂子も鹿川舜平著「11枚のとらんぷ」を大切に持っている。菊半截百五十ページほどの小型の書物である。表紙の装丁は紬が使われており、くすんだ赤の色を出すために、鹿川自身が紺屋に足を運ぶほどの凝りようだった。容姿はクリーム色の鳥の子紙、活字の字体や、大きさや行間も、一切鹿川の好みに合わせて注文した。背綴じも昔風の丸背溝付きで、本好きの鹿川が、隅から隅まで気を配り、趣味の本にふさわしい、美術品のように贅沢な、気品のある本になった。

角川文庫『11枚のとらんぷ』141ページ


そのタイトルで語られている通り、この作中作には11の奇術とそれに用いる“もの(トリック)”が出てくるのですが、現実に起こった殺人事件の屍体を取り囲むようにその“もの”が配置されています。
しかも彼女を殺害した凶器の花瓶によって、ひとつひとつ毀された状態で。

犯人は誰なのか。
そして何のためにわざわざそんなことをしたのか————。

というところが、一番の謎な訳なのですが。



まーーーー非常に気持ち良く、読み終わらせて頂けました。


奇術、というよりも一般的に手品、と呼ばれるものが好きで、
その中でもとりわけ私はカードによるクロースアップ・マジックが好きなのですが。
まさにミステリ小説でそれをやられた感じ。
大掛かりな建物も、からくりもない、シンプルな勝負。

私は現象のごたごたした奇術を好みません。その代わり一つの奇術の中にある不思議さを、私は大切にいたします、一人息子のようにね。

角川文庫『11枚のとらんぷ』306ページ

作中でとある奇術師にこう語らせている泡坂氏もまた、シンプルゆえに美しい奇術とミステリを愛していたのではないかなぁと思います。

奇術の楽しさとミステリの面白さ、そのどちらをも楽しむことの出来るまさに一粒で二度美味しい作品です。

ところで、“鹿川舜平”と森博嗣氏の作品で御馴染みの“犀川創平”って似てますよね。
鹿と犀で動物同士だし、オマージュなのかなぁ??